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過去のお知らせアーカイブ

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山ノ井大治先生の最終講義「善光寺信仰と秘佛」

2007年1月17日

山ノ井大治先生の最終講義(公開)が開催されます。

山ノ井大治教授(宗教学)
演題 善光寺信仰と秘佛
日時 2007年1月17日(水曜日)16時―17時30分
場所 大正大学巣鴨校舎 3号館 312教室

私は、山ノ井大治先生に感謝し、山ノ井大治先生を敬愛してやまない多くの者たちの内の一人です。

2006年12月25日 ディーバー
追記:2007年1月17日の最終講義「善光寺信仰と秘佛」において、山ノ井大治先生は「秘佛」について、「象徴論では秘佛は語れない」「秘佛を偶像崇拝として切り捨ててしまえない」「有相の神として仏像そのものに絶対性、聖性を認めてよいのではないか」というお考えを述べられました。
「崇拝対象の権威化の行きついた先」、そして、「民俗のカミ(臨在)と仏教の仏像(常在)との習合」として、「秘佛」が考えられる。そして、キリスト教の「象徴論」の視座においては、「象徴」がいくら権威化しようとも、其れは究極なるものと同一とはなり得ない。絶対なるものの高みにゆくことはあり得ない。しかしながら、象徴論では秘佛は語れない。秘佛を偶像崇拝として切り捨ててしまえない。有相の神(カミ)として、仏像そのものに絶対性、聖性を認めてよいのではないか。
(最終講義を拝聴しながら私が書き留めた先生のお言葉から)
追記:山ノ井大治先生の玉照院のウェブサイト「信州善光寺 永代宿坊 玉照院」には、「玉照院の最新情報」が掲載されています。
URL: http://www.gyokushouin.jp/ リンク先のページには、Flash 等による動的画像が含まれています。)

小松氏のライブのお知らせ

バンド名は ed

小松氏の「音」は、亜希子夫人とのお幸せに輝いて、如何に変化なさったのか?

2007年1月13日(土) 於 東京 秋葉原 dress TOKYO
"be progressive"
Artists: FROGFLAVOR
ed +TDICE GAME
Open: open 18:30
start 19:00

dress TOKYO 月間スケジュール January 2007 のページ
URL: http://www.dress-tokyo.com/top/liveschedule/sche.cgi?ym=200701

2006年12月23日 ディーバー

「日本の絵解き」サミット報告集

林雅彦編『山岳霊場と絵解き』

2006年3月の「日本の絵解き」サミット (国際熊野学会・明治大学リバティ・アカデミー主催、絵解き研究会・人間文化研究機構連帯研究「日本とユーラシアの交流に関する総合研究」班共催) の報告集『人間文化研究機構連帯研究「日本とユーラシア:交流と表象」報告書 「日本の絵解き」サミット 山岳霊場と絵解き』にご収録の美しい図版の数々、そして、林雅彦先生の「日本の絵解き」を始めとするそのすばらしいご報告の内容を前にして、心は「熊野」へ向かいます。

2006年12月16日 ディーバー

手妻師・藤山新太郎氏のお話の中で

先に頭に入れないとわからない

2006年12月9日の藝能学会研究大会における手妻師・藤山新太郎氏の美しい妙技の実演に続くそのお話の中で、考えさせられることがございました。

「和の芸」(一般) について、以前は、「どういうものですか?」という問いに対して「こういうものです、見てください」「感じてください」と言えば充分で、観る者が「見て」「感じて」、そこに表現される「情」や「ストーリー」をも含め、納得して享受していたのですが、現在の観客の方々は理屈ではっきりと説明を受けて先に頭に入れないとわからないようだというようなお話がございました。

整合性の「外」にある何かを「感じる」ということを考えております私にとっては、ショックなお話でありました。もしもこのことが延いては「理屈に優れるが、感じることを忘れてしまった」に繋がってしまうのであれば、残念です。

2006年12月10日 ディーバー
追記:Fushidansekkyo Written Material 節談説教記述資料 Main Page 上で同じことを述べましたので繰り返しとなりますが、例えば、「和の芸」の音楽というものを一つ取り上げてみても、西洋的な整合性の外にあるものと言えましょう。
三隅治雄先生が、1997年3月24日の「浅草寺 佛教文化講座」において述べられたように、西洋音楽がリズムを、例えば、4分の4とか4分の3などの整えられた間隔を以て正確に刻んでいくのに対して、日本の音楽には、「間」というものがあり、「同じ分量の音を一小節の中に四つなり三つ並べてリズムを刻んでいく形を取らない」という難しさがあります。遡れば天台声明にその源流を求められるであろう日本の音楽の伝統においては、「一つの音と一つの音と、あるいは一つの動きと動きの間に微妙に異なった時間の空白」を置き、「それを伸ばしたり縮めたり、伸ばしたり縮めたり」する、つまり、「伸ばし縮めを自由にする」のが大事である、「間」が大事であるということとなるのです。
三隅治雄「日本人と芸能文化」(『浅草寺 佛教文化講座 平成九年度』第42集 [浅草寺、平成十年])、48〜51頁。

越智秀一氏の「古文辞学について」

さまざまな学問分野にわたる
御活躍をお慶び申し上げます

越智秀一氏の「古文辞学について」(神靖衛・越智秀一・長沢元夫共著『康治本傷寒論要略』、たにぐち書店、2006年)を昨日拝受し、有り難く拝読させて頂きました。

越智秀一氏の著書には、共著『聖者たちのインド』(春秋社、2000年)、共訳ラドミラ・モアカニン著『ユングとチベット密教』(ビイング・ネット・プレス、2002年)、共著『科学とスピリチュアリティの時代』(ビイング・ネット・プレス、2005年) がございますが、此の度、越智氏がこの四冊目の共著『康治本傷寒論要略』において「古文辞学について」を御発表になりました。越智氏の「スタンス」が鮮やかに立ち現われます。

誠におめでとうございます。どうか、いよいよの御活躍を!

2006年12月6日 ディーバー
註記:越智秀一氏によれば、荻生徂徠 (1666-1728) は「先秦諸子の文章の形態は『道理の妙処を得たる』文章のフォームを示している」と見ており、したがって、荻生徂徠の文献学たる古文辞の学とは、「この文章のフォームを捉え、先人の得た『道理の妙処』にわれわれもまた達しようとする努力にほかならないわけである」(越智秀一「古文辞学について」、前掲書、190頁)。

羽塚孝和師の落語

芸名は「賑わい亭丸八」

羽塚孝和師の落語についての記事「住職さん、落語を一席 あす初高座」が、朝日新聞 (地方版) に掲載されました。以下に、そのウェブ版の記事から引用させて頂きます。

名古屋市中村区名駅5丁目の浄信寺(じょうしんじ)の住職羽塚孝和さん(59)が9日、同寺の報恩講で、落語家として初高座に挑む。(中略)今回の報恩講では、節談説教の後、「賑わい亭丸八」として古典落語の鹿政談を初めて披露する。

11月8日のウェブ版の記事「住職さん、落語を一席 あす初高座」
(朝日新聞: マイタウン - 朝日新聞地域情報: 愛知)
URL: http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000000611080002

2006年11月22日 ディーバー
2006年11月22日午後1時の時点で、上記の URL では「お探しの記事はみつかりませんでした」というアラートが出て、羽塚孝和師についての「朝日新聞 My Town 愛知」上の記事「住職さん、落語を一席 あす初高座」(2006年11月8日の記事)へアクセスできなくなってしまいました。残念です。
追記:羽塚師の芸名の「丸八」は「名古屋」の事であるとお聞きしました。尚、大阪の桂蝶六氏(上方落語協会会員。「賑わいや」主催。大蔵流狂言の狂言役者としての名は「森五六九」)が、羽塚師の落語のお師匠さんです。

藝能学会研究大会 2006年12月9日

於 新宿歴史博物館

2006年12月9日(土)、新宿歴史博物館において、2006年度の藝能学会研究大会が開催されます。

研究発表 午前10時30分―午後12時30分
1.「死者の衣をまとう民俗から修羅能へ」 増田和彦(東京理科大学近代科学資料館員)
2.「『松の葉』の編集意図 ―長唄・端唄・吾妻浄瑠璃―」 梅澤伸子(国士舘大学非常勤講師)
3.「“男舞„ の表象に関する一考察」 内藤浩譽(国學院大学兼任講師)
実演 午後1時30分―午後2時45分
「江戸の手妻・楽屋ばなし」
お話 藤山新太郎(手妻師/平成10年文化庁芸術祭大賞受賞)
聞き手 西角井正大(本学会企画運営委員)
講演 午後3時―午後4時30分
「世界無形遺産と歌舞伎と」
河竹登志夫(早稲田大学名誉教授・日本演劇協会会長)

この藝能学会研究大会は、聴講無料です。「来聴歓迎」「藝能学会会員以外の方々もお誘い合わせください」とのことですので、皆様にお知らせいたします。

2006年11月8日 ディーバー
新宿歴史博物館(新宿区生涯学習財団 新宿歴史博物館)住所:〒160-0008 東京都新宿区三栄町22番地
JR・地下鉄丸の内線・南北線の四谷駅下車 (徒歩10分)、あるいは、地下鉄丸ノ内線の四谷三丁目駅下車 (徒歩8分)、あるいは、地下鉄新宿線の曙橋駅下車 (徒歩8分)。
註記:内藤浩譽氏の題目にある “男舞„ は、能の「男舞」ではなく、白拍子の「男舞」を指します。

何か嬉しい良い気分になった時

思わず口遊んでしまう

聖職におありの方々からは「鼻歌にするなど、けしからん」と御叱りを受けるかもしれませんが、私の友人の一人がキリスト教信者で、彼女は、日常の中でちょっとした良いことがあった時や何か幸せで気分が良い時に、思わず「讃美歌」をフンフンとハミングしてしまうと言います。さて、仏教徒である皆様も、日常生活において、何か良いことがあった時あるいは何か嬉しい良い気分になった時に、自然と口遊んでしまう「仏教讃歌」や「宗歌」を、それぞれにお持ちでしょうか?
2006年10月22日 ディーバー

報恩講

「御正忌」「御七夜」「御霜月」

真宗の開祖親鸞聖人の忌日(弘長二年 [1262] 十一月二十八日入寂)に報恩謝徳のために行なわれる法会をいう。

11月21日から11月28日までの七昼夜 、あるいは、1月9日から1月16日まで (旧暦の「弘長二年十一月二十八日」が現在のグレゴリオ暦では「1263年1月16日」であることから) の七昼夜つとめられる。

追記:真宗十派本山のウェブサイト上ないし真宗教団連合のウェブサイト上の年間行事情報を閲覧した2006年10月4日の時点では、十一月に報恩講を行なっているのは、大谷派 (真宗大谷派本山: 東本願寺)、木辺派 (真宗木辺派本山: 錦織寺)、興正寺派 (真宗興正寺派本山: 興正寺)、三門徒派 (真宗三門徒派本山: 専照寺)、誠照寺派 (真宗誠照寺派本山: 誠照寺)、佛光寺派 (真宗佛光寺派本山: 佛光寺) であり、太陽暦に換算して一月としているのは、本願寺派 (真宗高田派本山: 西本願寺)と高田派 (真宗高田派本山: 専修寺) である。出雲路派 (真宗出雲路派本山: 毫摂寺) は月遅れの形をとって 「12月21日から12月28日まで」としており、山元派 (真宗山元派本山: 證誠寺) は、これは平成17年の「報恩講 日程」であるが、「12月9日逮夜より16日日中満座まで」としている。
追記:真宗教団連合のウェブサイトの「真宗各派本山御正忌報恩講」ページ上の更新された情報によれば、山元派 (真宗山元派本山: 證誠寺) の平成18年度の報恩講は「11月21日逮夜より28日日中満座まで 」となっている。

藤井正雄先生の『戒名のはなし』

見えなくなってきている戒名の在り方

藤井正雄『戒名のはなし』(吉川弘文館、2006年)、1頁。
戒名とは、もともと仏教において修行に必要な規律・戒律を授けた際に与えられる出家者の名前である。のちにその戒名は、出家していない一般の人が臨終の時や死の直前に出家者として付けられる名前を指すように変わってきた。(後略)
藤井正雄先生が、「戒名問題」は何ゆえに現代的な問題(社会問題)となったのか、問題のありかはどこなのか、問題を解決するにはどうしたらいいのかを、コンテキスト(文化的脈略)を重視し、日本文化の視点から論じられた『戒名のはなし』(『戒名のはなし 歴史文化ライブラリー 217』、吉川弘文館、2006年)を拝読し、「戒名問題の意味」と「戒名とはなにか」ということを、私は、初めて考えました。
2006年9月26日 ディーバー

羽塚孝和師の2007年の節談実演予定

2007年2月25日 於 東京 真宗会館 開教寺院会報恩講

羽塚孝和師の東京における「節談実演」の御予定です。

2007年2月25日、東京都練馬区谷原の東本願寺真宗会館において、
羽塚孝和師が節談説教「忠臣蔵 寺岡平右衛門の段」と「祖師聖人ご一代記より 板敷山 山伏弁円」を実演なさる御予定があるとのことです。
開始のお時間等、詳しい御予定についての御発表をお待ちしております。

2006年9月26日 ディーバー
私記:私は、以前、祖父江省念師の節談説教を聴聞させて頂いていた時に、同じ一席(題名も内容も同じ一席)のお説教でも同じ日のお説教でも、その一席一席が違うということから、節談説教の「いま」「ここ」にしかない「一回性」ということを考えたことがあります。
ですから、もしも羽塚師が「山伏弁円」と「寺岡平右衛門の段」を実演なさるのであれば、私にとっては「一回性」の何かを見るという楽しみも加わります。皆様も、東本願寺真宗会館における羽塚師の節談説教を拝聴する前に、浄信寺ホームページにおいて、羽塚師の平成16年の「板敷山 山伏弁円」と平成17年の「忠臣蔵 寺岡平右衛門の段」の実演記録の動画をご覧になっておけば、例えば、「あっ、ここが変わられた」とか「あっ、ここの表現が違う」とか、更には、「確かに同じ一席だが、まるで別のお説教を聴聞したような気持ちになった」とか、様々に思われて、節談説教の一席一席の「一回性」ということをも含めて楽しまれるであろうと存じます。

彼岸(彼の岸)

九月二十三日

「彼岸」とは、文字通りにとれば「彼の岸」「向こうの岸」であるが、浄土教の祖と仰がれる中国の善導の『観経疏』第四における「二河白道」の譬えの「西の岸」に表わされるように、「極楽」を指し、「生死流転の此岸から涅槃の彼岸に至る」という「到彼岸」(サンスクリット語を音写すれば、「波羅蜜」となる)をいうのだとされる。彼岸会とは、仏道を修行し成就することを本来の意味とした、七日間(春分と秋分を中日としてその前後各三日間のそれぞれの日に六波羅蜜を当てる)の法会である。彼岸会は、その典拠と意味づけを経典や注釈書に求めているとはいえ、日本的な展開を遂げた、インドにも中国にもみられない、日本独自の行事であると捉え得る。
参考:藤井正雄編『仏教儀礼辞典』第一四版 (東京堂出版、1992年)。
日本四季絵画像 (彼岸花) は「十五夜」のちゃちゃ氏作。

羽塚孝和師の節談説教の実演

2006年9月23日 於 蓮光寺

浄信寺の御住職 羽塚孝和師が、いよいよ東京へ御出でになるとの誠に有り難く誠に嬉しいお知らせです。

2006年9月23日(土・祝)午後、葛飾区亀有の真宗大谷派 蓮光寺において、
羽塚孝和師が節談説教を実演なさるとのことです。
詳しい御予定につきましては、どうか蓮光寺さんの「あなかしこWeb」をお訪ねください。
真宗大谷派 蓮光寺「あなかしこWeb」の Top Page
URL: http://www2.odn.ne.jp/~cbp17950/renkoji/
蓮光寺 News「秋彼岸会勤行&節談説教のお知らせ」のページ
URL: http://www2.odn.ne.jp/~cbp17950/renkoji/v2/news/news65.html

2006年8月26日から同年9月(追い書き) ディーバー
追記:2006年9月23日、亀有の真宗大谷派 蓮光寺に於ける、羽塚孝和師の節談説教「加典兄弟」を拝聴させて頂くことが叶い、すばらしいお彼岸の中日となりました。その上、勉強もさせて頂きました。羽塚師が、お説教の前に、「節をつける」ということの意義について「亀佐」を例に、そして、書かれた言葉(読む言葉)と発せられた言葉(聞く言葉)の差異を具体的に示され、また、説教と落語との係わりについては、例えば、節談説教の聴聞において上がった「受け念仏」の箇所が落語において「グァォ〜ッ」(いびきの音)となった例を挙げて明快にご説明くださり、これは、大変に興味深く、勉強になりました。良い資料を配布して下さいましたので、自宅で読み返しております。
追記:蓮光寺御住職本多雅人師の「皆の拠りどころ、皆の支えとなる場としてのお寺」(本多師が述べられた言葉そのものとは少し言葉遣いが異なっているかもしれません)というお言葉に、感じ入りました。(「お寺」の存在が、私達の生活や日々生きることにおいての問題から、更には、私達の日々の「信仰のいとなみ」や「信頼する」ということからも、遠く離れて恰も無関係な存在であるかの如く、葬儀、墓参、法事のためだけにある場であると誤って認識してしまうような状況がみられる現代において、本多雅人師のお言葉は、一般の者である私には、心強く響きました。)

祖父江省念師の「法然上人御一代記」

武藤幸久師に深謝いたします

善徳寺御住職の武藤幸久師が、祖父江省念先生の節談説教「法然上人御一代記」(六座)という貴重な記録を、 CD (六枚)にしてお送り下さいました。その CD の一枚一枚を毎晩有り難く拝聴させて頂き、この十日間ずっと、すばらしい夜を過ごさせて頂いております。

心から感謝申し上げます。

2006年8月8日 ディーバー

歓喜会(盂蘭盆会)

七月十五日または八月十五日

藤井正雄先生が編者である『仏教儀礼辞典』から、以下に引用させて頂く。

盂蘭盆の行事の典拠は『盂蘭盆経』で、同経には、仏弟子目連が六神通を得て、父母の恩に報いるために餓鬼道におちて苦しんでいる母を救済しようとし、目連は鉢に飯を盛って母に食べさせようとしたところ、飯食が口に入る前に炎と化してしまい、ついに食べることができなかった。これを大いに悲しみ、仏陀にたずねたところ、(中略)仏陀は目連に七月十五日僧自恣の時に、七世の父母および現在の父母の危難中の者のために、飯百味五果ほかを供え、世の甘美を尽くして盆中にのせ、十方大徳の衆僧を供養すべしとあり、また、十方の衆僧は先ず施主家のために、七世の父母を呪願してその後に供養をうけるのであると示されたので、目連は歓喜して盂蘭盆会を催し、母のために供養したので、餓鬼の苦しみからのがれることができた。この行事が未来世の仏弟子が孝順を行じ、父母を救度しようとする者のために伝えられたとしている (22~23頁)。

藤井正雄編『仏教儀礼辞典』第一四版、東京堂出版、1992年。

節談説教の布教大会

2007年に

若祥山善徳寺御住職の武藤幸久師から、2007年7月3日に築地本願寺において、お東、お西の宗派を超えて、節談説教の布教大会が開かれる御計画があると、そして、西本願寺の節談説教布教大会開催 ―2007年4月21日に岐阜別院において、9月2日には京都・角坊別院において― の御計画もあるとお教え頂き、私は興奮いたしました。

詳しいプログラムと御予定は、将来、武藤幸久師のホームページあるいはブログ上で公開されてゆかれることと存じます。その御発表を、楽しみに、お待ち申し上げます。

武藤幸久師のブログ「チララのひとりごと」上の「生った生った、地に生った」(テーマ「布教大会」2006年8月13日の記事)において、2007年7月3日の築地本願寺における節談説教の布教大会についての正式な御発表の第一報がございました。
URL: http://tirara.at.webry.info/200608/article_4.html

2006年7月21日から同年8月(追い書き) ディーバー
附記:ブログ「有田芳生の『酔醒漫録』」上の「節談説教を聴く」(2006年8月6日 [7日] の記事)において、有田芳生氏が「いまから楽しみで仕方ない」とお述べになっていらっしゃいます。 URL: http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2006/08/index.html

私記:羽塚孝和師から、武藤幸久師がお浄土へお帰りになられたことを、お聞きしました。大変に驚きました。武藤幸久師の節談説教を直に拝聴させて頂きたかった、説教聴聞に岐阜へお参りさせて頂けばよかったと、悔やまれてなりません。貴重な節談説教の CD を賜りました時のお言葉に顕れる、お心が広くお優しい武藤幸久師のお姿をおしのびして、はるかに合掌申し上げます。(2007年4月9日 ディーバー仁美)

追記:「武藤幸久師一周忌追悼説教大会」が、2008年2月6日(水曜日)に、浄土真宗本願寺派 若祥山 善徳寺に於いて、行なわれます。

四万六千日

七月十日

七月十日は観音信仰における縁日の一つであり、七月十日に東京の浅草寺の観音に参詣すれば、その日一度の参詣だけで四万六千日参詣したのと同じ功徳があるとされることから「四万六千日」といい、また、「四万六千日参り」ともいう。この「功徳日」に浅草寺の境内では、Hozuki曾ては「赤とうもろこし」を売る店が多く出て、参詣者は雷除けとしてこれを買い求めたとされるが、後には茶筌が売られることとなり、今では千成酸漿を売る出店が立ち並んでいる。この酸漿は陰乾しにして家に下げておけば、害虫除けのまじないになるという。
参考:藤井正雄編『仏教儀礼辞典』第一四版 (東京堂出版、1992年)。
2006年6月19日 ディーバー
註記:浅草寺は、その前日の7月9日と併せて「四万六千日」としている。尚、「四万六千日」は、浅草寺のみでなく、京都の清水寺、大阪の天王寺(四天王寺)等、各地の観音霊場の縁日である。
追記:田中聡氏は、江戸後期の戯作者山東京山 (1769-1858) の随筆『蜘蛛の糸巻』の記述を挙げ、当時、七月十日の浅草寺の「四万六千日」では「雷よけ」の効能があるとして「赤き唐もろこし」が持て囃され、六月二十四日の芝愛宕山の「千日詣り」では「虫封じ」(癇癪、ひきつけ等の原因であると当時信じられていた「虫」を封じる) の効能をもつとされて「青ほおずき」が「争ひて是をかふ」ほどの人気であったことに言及している。その記述に拠れば、「青ほおずき」は丸呑みにして服する「虫の薬」であった。 (ただし、京山自身は「青ほおずき」の事の発端はただの悪戯と聞いていたというが。)
田中聡「人体に巣くう?疳の虫の正体に迫る」(『日本怪奇幻想紀行 四之巻 芸能・見世物録』、角川書店、2000年)。

「話芸・話術の妙をさぐる」

講談の世界へ
藝能学会の芸能セミナー

2006年6月17日(土)、神田外語学院本館講堂において、「話芸・話術の妙をさぐる」というテーマを以て、藝能学会の芸能セミナーが開催されます。
主催 藝能学会

この話芸・話術の妙を講談の世界に探る芸能セミナーは、聴講無料です。「藝能学会会員以外の方々もお誘い合わせください」とのことですので、皆様にお知らせいたします。

2006年5月12日 ディーバー
芸能セミナー「話芸・話術の妙をさぐる」 6月17日(土)14:50〜16:20 (1. 対談、2. 講談) 於 神田外語学院本館講堂 14:50 開始
(同会場での藝能学会総会 14:00〜14:40 の後に、芸能セミナーが開催される)

「魂のすみか」「日本の原郷」とうたわれる「熊野」

2006年 国際熊野学会

2006年5月13日(土)〜 5月15日(月)、明治大学駿河台校舎・アカデミーコモンにおいて、2006年 国際熊野学会が開催されます。
主催 国際熊野学会
明治大学リバティ・アカデミー
共催 人間文化研究機構連帯研究「日本とユーラシア:交流と表象」研究班
絵解き研究会

2006年 国際熊野学会は、「熊野」に関心を抱く方々に向け、3日間の大会の全てを公開(国際熊野学会会員でない方も参加できる公開の学術大会)となさっていらっしゃいますが、事前の申し込みと参加費(3日間)2千円(資料代含)が必要とのことです。

2006年5月1日 ディーバー
第1日目 5月13日(土)14:00〜16:40 公開講演会 於 明治大学アカデミーコモン2階 13:30 受付
第2日目 5月14日(日)10:00〜16:20 研究発表会・セミナー 於 明治大学アカデミーコモン2階 9:30 受付
第3日目 5月15日(月)13:00〜16:40 「熊野」をめぐる芸能 於 明治大学アカデミーコモン3階・アカデミーホール 12:30 受付

創造と新風樹立

「心ノ一ツガネ」

倉沢行洋博士の『藝道の哲学 宗教と藝の相即』(東方出版、1983年)から、以下に引用させて頂きます。

創造・新風樹立とは、今までになかった新しいものをつくるということであるが、その内実は、「心ノ一ツガネ」が新しい「姿」を取って自己表現するということでなければならない。つまり、創造において「姿」は新しく変るが、その本である「心ノ一ツガネ」は変らないのである、否、変ってはならないのである。その意味では「心ノ一ツガネ」は永遠に古いものである。永遠に古い「心ノ一ツガネ」が絶えず新しい「姿」をとって自己表現するというのが、創造ということの真義である (94〜95頁)。

皆様は、藝道における「創意」「創造」についてどうお考えでしょうか?
2006年4月28日 ディーバー
註記:『南方録』(南坊宗啓編)において法則の究極・究極の法則を言い詮わすとされる「心ノ一ツガネ」について、倉沢博士は、「心」とは「真心」(究極にまで深められ、高められた心)であり、「一ツガネ」とは唯一絶対の法則という意味であり、「ノ」はこの場合、同格を示すもので、従って、「心 = 一ツガネ」を意味する外ならないと述べている (『藝道の哲学』の第二章「心の一つがね 茶道における修行」)。

Hard Left by Robin Hackett

Robin Hackett 氏の Hard Left が
CBS テレビで初公開

From Ms. Robin Hackett's biowww.hdever.com の休憩室に置かせて頂いているジャズ音楽ファイルの中の一曲の歌い手である Robin Hackett 氏から昨日お知らせが届きましたので、皆様にもお伝えさせて頂きます。2006年4月10日の夜7時30分から、米国 CBS の人気コメディドラマ How I Met Your Mother の中で彼女の歌 Hard Left が使われることとなったそうです。誠におめでとうございます。日本では CBS テレビを拝見することができず、とても残念です。
2006年4月3日 ディーバー
追記:休憩室にある曲は彼女のジャズのスタンダードナンバーですが、彼女は「都市の民俗歌」という新しい音楽のジャンルを以て道を開こうとしているようです。さて、ロビン・ハケット氏は、「ジャズはあたかも彼女がジャズを作り出したかのように歌い、フォークはまるで彼女の為にフォークが作り出されたかのように歌う」と評されていますが、この両音楽ジャンルにおいて、新しいアルバムのプロジェクトを完了しました。「Love Again」(ジャズ)と「Now She Dances」(都市民俗歌、アーバン・フォーク)です。

創作版画展

駿府博物館

平成13年開館30周年事業のご一環として静岡県内版画家作品収集に努められてきた駿府博物館において、「第四回 創作版画展」が始まりました。開催期間は、2006年2月18日から2006年3月12日までです。

私事で大変に恐縮ですが、私の祖父(洋画家・故鈴木利三)の作品も展示されているとお聞きしました。もしも祖父の昭和初期の木版画「風景」(帝展入選作) を鑑賞して下さる方がいらっしゃいますならば、誠に幸いと存じます。

2006年2月22日 ディーバー

若祥山 善徳寺ホームページのブログ

武藤幸久師の「ブログ上で、節談を勉強しましょう」

浄信寺御住職の羽塚孝和師からお教え頂き、節談講座をなさっていらっしゃるブログを発見いたしました。浄土真宗本願寺派 若祥山 善徳寺ホームページのブログ「チララのひとりごと」です。説教本については、現時点で、十九もの記事をお書きになっていらっしゃいます。

善徳寺ホームページのブログにおいて、「東保流講座 二首和讃 第一席」 という確かな教材と善徳寺御住職 武藤幸久師の実践的で明快な御教示を読みながら、「節談」が学べます。
若祥山 善徳寺 武藤幸久師の「ブログ上で、節談を勉強しましょう」
URL: http://tirara.at.webry.info/
若祥山 善徳寺ホームページの Top Page
URL: http://www5b.biglobe.ne.jp/~zentoku/index.htm

2006年1月31日 ディーバー
追記:2006年4月16日の時点では、説教本についての記事数が27になっています。

此れ迄は開催期間が過ぎたイベントについての「お知らせ」を削除しておりましたが、今後は開催終了後も表示を続けさせて頂きます。(2006年春)


「日本の絵解き」サミット
明治大学リバティ・アカデミー オープン講座

明治大学教授 林雅彦先生
基調講演「日本の絵解き」

2006年3月12日、明治大学教授 林雅彦先生の基調講演「日本の絵解き」を以て、「日本の絵解き」サミットが、開催されます。先生方のパネルディスカッションを拝聴し、演者の方々の絵解き口演を目の当たりにし、「人生観や世界観を醸成してきた、日本の『絵解き』を体験」させて頂くという、すばらしいオープンセミナーです。

明治大学リバティ・アカデミー事務局の受付開始(申し込み制、先着 1000名)は、2006年2月13日(月)からとのことです。

2006年1月28日 ディーバー
追記:"News" in English ページ上には、林雅彦先生が英語で述べられた「絵解き」の定義を、先生の「On "Etoki" in Japan」(林雅彦編『絵解き万華鏡』、三一書房、1993年)から、引用させて頂いております。尚、林雅彦先生のこの英文論攷 On 'Etoki' in Japan に対応するのは、先生が日本語で述べられた「日本の絵解き 〔On "Etoki" in Japan〕」(『絵解き研究』第2号 [昭和59年9月]、絵解き研究会)です。
尚、林雅彦先生の『絵解きの東漸』(笠間書院、平成12年)と『生と死の図像学 アジアにおける生と死のコスモロジー』[林雅彦編『生と死の図像学 アジアにおける生と死のコスモロジー』](至文堂、平成15年)が「絵解き」に興味を持たれる方々にとっての必読の書であることは、言うまでもありません。

節談説教の実践と著作

『「節談」はよみがえる』

「聖地巡礼」の関口氏から、氏の御友人である浄土真宗本願寺派の谷口幸璽師が節談説教の実践をなさっていると、お教え頂き、飛び上がりました。

谷口幸璽師が『「節談」はよみがえる やはり説教は七五調』(谷口幸璽著、関山和夫監修、白馬社、2004年)の著者でいらっしゃることも関口氏からお教え頂きましたので、早速、谷口師の御著書を拝読させて頂きたいと思います。

2005年12月12日 ディーバー

平成17年の節談説教

羽塚孝和師の節談説教

浄信寺御住職の羽塚孝和師が本年の報恩講において節談説教をなさったとのことで、再び感激いたしました。

真宗大谷派の羽塚孝和師の節談説教「忠臣蔵 寺岡平右衛門の段」の実演記録の動画は、浄信寺ホームページにおいて、ご覧になれます。
Windows Media logo 羽塚孝和師の節談説教「忠臣蔵 寺岡平右衛門の段」Windows Media Player
URL: http://jiin.cocona.jp/houonkou05.htm
RealPlayer logo 羽塚孝和師の節談説教「忠臣蔵 寺岡平右衛門の段」RealPlayer
URL: http://jiin.cocona.jp/teraokarl.htm

2005年11月14日 ディーバー
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追記:2006年1月30日の時点で未だはっきりなさらぬ御予定ですが、2006年の秋に、もしかすると羽塚孝和師が節談説教をなさりに東京の真宗の寺院へ御出でになるかも知れないとのことで、私はその実現を大変に楽しみにお待ちしております。

魂を揺さぶる話とは何かを模索なさる

節談説教興隆会

「節談説教興隆会」の存在を知り、心躍りました。

真宗の節談説教ではなく、
本覚院御住職の渋谷隆阿師、円東寺御住職の増田俊康師、真言宗豊山派の僧侶の方々による「情念の説教」です。
節談説教興隆会(名誉顧問 真言宗豊山派 渋谷隆阿師)
URL: http://princo.fc2web.com/hushidan.htm
増田俊康師の Shidosso Princo!Top Page
URL: http://princo.fc2web.com/

2005年4月11日 ディーバー
追記:2006年1月14日、国立劇場小劇場の第二十五回特別企画公演に於ける、渋谷隆阿師の「情念の説教」を拝聴させて頂きました。

節談説教

平成16年浄信寺報恩講記録

浄信寺の御住職 羽塚孝和師が節談説教をなさるとのことで、感激いたしました。

真宗大谷派の羽塚孝和師の節談説教「板敷山 山伏弁円」の実演記録の動画が、浄信寺ホームページにおいて、ご覧になれます。
浄信寺ホームページの Top Page
URL: http://www.jiin.or.jp/
羽塚孝和師の節談説教「板敷山 山伏弁円」
URL: http://www.jiin.or.jp/2004/houonkou.htm

2005年2月6日 ディーバー

問いたいこと

教えを「感じる」ということ
ことばを「感じる」ということ

www.hdever.com 上の資料の多くは、節談説教の「節」とゴスペル伝道の「調」という説教における音と音楽性を強調するものです。しかしながら、私は、単に、節のついた説教がよい、曲のついた説教がよいと言いたいのではありません。頭で聞くのではなく心で聞くことができる説教、つまり、教えとことばを「感じる」ということ、教えとことばの「体験」が重要なのではないかということを、問いたいのです。
私の個人的ホームページ作成開始にあたり
2005年 ディーバー仁美

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