アップルの「iTunes U (アイチューンズ・ユー)」プログラムの開設により、オティス造形芸術大学 (Otis College of Art and Design) から配信され始めた民俗学者イサムール・フロレス=ペナ博士 (Dr. Ysamur Flores-Pena) の講義「Mary in Folk Art and Belief (民衆芸術と民俗信仰におけるマリア)」の中の「Part 1 of 2 (第一部)」(約8分15秒) を、翻訳・トランスクリプト作成・掲載についての許可を頂き、以下に記す。尚、イサムール・フロレス=ペナ博士によれば、この「民衆芸術と民俗信仰におけるマリア」は、民俗学の視座から処女マリアの形象に焦点を当てた講義であり、神学はその考察の中心ではないので、社会、芸術、伝承、大衆文化におけるマリアの形象に内包される意味を学生達が自由に探求できる内容であるという。博士は毎春オティス造形芸術大学で教えておられるとのことで、今春 (2007年の春期) の主題は「Black Madonnas (黒い聖母 [黒い聖母達])」であったという。
I am most grateful to Dr. Ysamur Flores-Pena for the permission to make a Japanese transcript of "Part 1 of 2" from his lecture entitled "Mary in Folk Art and Belief" at Otis College of Art and Design on iTunes U and place the Japanese transcript on www.hdever.com.
オティス造形芸術大学ウェブサイトの Top Page「Otis College of Art and Design」(
リンク先のページには、Flash 等による動的画像が含まれています。) URL: http://www.otis.edu/fileadmin/homepage/index.html
イサムール・フロレス=ペナ博士の指示に従い、以下のことを明記する。オティス造形芸術大学におけるフロレス=ペナ博士の講義およびオティス造形芸術大学は、宗教的いとなみや宗教上のしきたりの適正さについての「真実」を探求する神学には取り組んでいない (Dr. Ysamur Flores-Pena's class or Otis College of Art and Design are not engaged in theology of questioning the veracity of approprietness of the religious practices)。
Dr. Ysamur Flores-Pena の Otis College of Art and Design における講義 "Mary in Folk Art and Belief" の中の "Part 1 of 2" (8:15) から
フロレス=ペナ博士の講義中の言葉には含まれていない、私が付け加えた補足説明等は、ブラケット [ ] で囲み記述する。
...... それは、なんら公式に成文化されることがない、書かれざる、口から口へと語り伝えられる「文化の知識」だ。そう、あらゆる社会は、それぞれの社会自体の在り方に即して、フォークロア (民俗) を有しているのである。我々は社会を二層に分ける試みをするが、第一に、いわゆるオフィシャル・カルチャー (公的文化)、この公的文化は上からの必須のものである、我々は、公的文化を持ち、それから、いわゆるフォーク・カルチャー (民俗文化) を持っているわけだが、最近では、さらにポップ・カルチャー (大衆文化) についても論じている。民俗とは、通例、最も変化の少ない、文化の要素だ。それは、低い度合いで変わってゆく、「蓄積された知識」、「社会についての記憶」である。どのような人間集団でもある種の民俗を持っているのだということに我々が気がつくまでは、民俗は、よく無学で教養のない人々と関連づけられていた。だが、今は、大学生達の民俗について論じることもできる、そうだね?都市の民俗、都市の民間伝承、我々は職場の民俗や都市空間の民俗について論じることもできる。従って、民俗はもはや限定されない、蒸留して引き出された民俗は社会の中の領域として孤立したものに限定されるものではないのである。マリアの場合では、聖処女マリア (the Virgin Mary) のような人物の場合では、マリアは何者なのか、マリアは何を行なうのかといった概念において、民俗が大きな役割を演じてきた。マリアは多くの芸術家達によって描かれた「形象」であり、また、マリアの周囲に創り出された民俗の影響を受けてきた「ファッション」でもある。その当初から、外典福音書 (the Apocryphal Gospels) [新約聖書は紀元50年頃から100年間以内の短い期間において書かれたと推定されている。船戸英夫・飯田徳昭・高柳俊一「キリスト教」(『世界の宗教と経典 総解説』、自由国民社、1993年) によれば、諸教会間で回覧されて筆写保存されるようになった聖パウロや他の使徒達の教会宛ての書簡とイエス・キリストの直接の弟子達の記憶をもとに書き留められたイエスの教えと行動の物語とが、旧約聖書と共に、礼拝の中で読まれるようになった。そして、旧約聖書を不必要と説いたマルキオン (Marcion.「新約聖書」を最初に編纂した、初代教会の偽パウロ主義的な異端の教会改革者) の異端を契機に、正典化の動きが始まり、正典から除外された諸書は新約外典・偽典となったのだとされる] 以来、[外典の]『ヤコブの原福音書 (the Proto-evangelion of James)』、『ヤコブの原福音書 (Proto-gospel of James)』[が書かれて] 以来、イエス・キリストの誕生について、マリアについて、マリアの立派な行ないの数々について、我々はこれらのすばらしい物語のことごとくを有しているし、マリアにまつわる植物が幾つあるのかについての物語、何故ローズマリー (マンネンロウ) は、えー、ローズマリーの花は何故青いのか、何故聖母のマント (Our Lady's Mantle. ハゴロモグサ) があるのか、何故聖母の手袋 (Our Lady's Glove. ジギタリス、キツネノテブクロ) なのか等、枚挙にいとまがない。全てはフォークロア、語り継がれてきた伝承である。そして、このことの故に、多くのマリアのイメージは、キリスト教会 [カトリック教会] の文脈から外れ出て、或る時は絵画で、或る時は彫刻で、また或る時は物語ることによって、そうしたビジョンを表現したいと望むことを除いては、なんら正式なトレーニングを受けていない民衆のものとなったのである。本来、マリアの色は実に、とても落ち着いた色であった、そうだね?諸色、えー、悔い改め (Repentance) を示す色、慎み深さ (Humility) を示す色、茶の諸色 (browns)、黄土色の諸色 (ochers)、そう、白の諸色 (whites)。しかしながら、時が経つにつれて、人々が [表現における] 試みを始めて、キリスト教会が非常に早い段階で聖なる表現に使用することが出来る色について成文化した、つまり、ある聖人達とある種のイメージは特定の様式で表現されねばならないということだ。そう、例えば、処女達は常に白い装束で描かれる、何故ならば彼女達は純粋であるはずだからだ、そうだね?だから、あなた達が聖人について述べる場合は常に、えー、例えば、処女であり殉教者でもあるセイント・ウルスラ (Saint Ursula) [(?-238? 283? 451?) 彼女についての伝説の一つによれば、ローマ巡礼の帰途コローニュ (独逸のケルン) において、ブリテン (英国) の王女ウルスラは、キリスト教の信仰を捨てることを拒み、彼女の多くの侍女達と共に、エッツェル王 (Etzel, König der Hunnen) 率いるフン族によって殺されたとされる。ケルンの保護聖女。参考:『キリスト教大事典』改訂新版 (教文館、1995年)] のような聖人について、処女であるが故に聖女ウルスラは常に白い服を着ている。しかし、殉教者であるから、聖女ウルスラは赤いサッシュの一種か、あるいは赤い、えー、赤いケープを着けて表わされることとなる。皆知っての通り、キリスト教会の文脈における白の上に赤というのは、その人物が純潔でありイエス・キリストのために、男でも女でも、己の血を流した殉教者であることを意味する。それで、常に白い装束の処女達が多いのだが、あの純潔な、例えば、セイント・バルバラ (Saint Barbara) [(238頃-306頃) 伝説によれば、父親に塔に閉じ込められていたニコメディアの異教徒の美しい乙女バルバラは、改宗してクリスチャンとなり、そのキリスト教の信仰の故に、地元当局の死刑命令の下に、父親によって殺されたとされる。雷雨、火災、さらに砲手や火夫の守護聖人。参考:前掲『キリスト教大事典』改訂新版] が白いチュニックに赤いケープを着けているのは、聖女バルバラがイエス・キリストのために死んだからだ、そうだね?もしもあなた達が、例えば、えー、ほら、あれらの、あれらの表象の全てを、例えば、ヒエラルキーの観念、贖罪司祭達がいるね?教皇達がいて、司教達がいて、そして、時には職能の象徴も加えられるが、多くの場合において、わかるように、マリアに関して言えば、人々は早くから彼らのマリアを表わす諸表現の標準化を進めた、中世の終わり頃に、青が聖処女マリアの中心色となったのだ。そして、これ故、これ故に、マリアを表現した殆どのものが青い服を着ているのである。人々がこれらのマリアの彫像と絵画とビジョンを複製し始めた時、彼らは手許にあるものは何でも使ってマリアを描いた。それで、赤い服装のマリアがよく見つかるのだが、マリアは信仰のために死んだのではないから、赤はマリアの中心色とは言えない、実際、(正確な聞き取りができず、この箇所の主語が不明) マリアは死んでいないと示されている [「マリアの被昇天」]。従って、赤は、そもそも、あなた達にとってはマリアと結びつけたい色ではないだろう、マリアが殉教者ではないからだ、そうだね?それに、マリアは死んでいない。では何故に其れがマリアに相応しいのか、彼女が処女、「永久処女」であるからであり、そして、青は、彼女がイエス・キリストの母であり「天の女王」であるからである。そう、人々は、マリアをどんなファッションにも、それが何であれ、どんな色にも描き始めた、それこそが人々のやったことなのである。マリアから始まった多くの伝統、それらが非正統的色彩を以てなされたことがわかる、言ってみれば、マリアは赤い服を着ているかもしれないし、あるいは紫の服を着ているかもしれない、そして、あなた達の頭に浮かんだありとあらゆる色の服を着ているだろう、それがマリアの場合になされたことである。そうして、実は、マリアを描いた民衆画は、マリア自身についてよりも、社会についてより多くを語っているのである。人々がどのようにマリアを心に抱いていたか、人々が、マリアはどうであったかという文脈において、どのように彼女を見ていたのかを。それでは、幾つかの、えー、幾つかの興味深いマリアの表現を、マリアの民俗表現を見せようと思うが、言うまでもなく、古典美において見られるような美の観念は考慮されないことがある、なぜならば此れらはとても荒削りな彫刻と絵画だからだ。そう、その美の観念は、神性の尺度として美を表わすギリシャ・ローマのカノーン (カノン [Gr. kanon, Eng. canon]) から発したものではない。その美は、「私のために、其れに何ができるのか (what can it do for me)」、「私のために、この絵あるいはこの彫刻に何ができるのか」という観念から出ているのである。それは奉納品 (ex-voto) の一つであったかもしれない、いいかな、マリアがあなた達に何かの恩恵を施してくれたので、あなた達はその [マリアの] 恵みを描いたのだ。キリスト教 [カトリック] 世界全体でよく行なわれることだ。何か質問は?
荒井献編『新約聖書外典』(訳者 荒井献、八木誠一、田川健三、大貫隆、小河陽、青野太潮、藤村和義、佐竹明 )、第14刷 (講談社文芸文庫、2007年) から
ヤコブス・デ・ウォラギネ/前田敬作・西井武訳『黄金伝説 3』、平凡社ライブラリー 582 (平凡社、2006年) から
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