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Dr. Ron Rhodes の Blackness and Scripture 日本語訳

www.hdever.com 上の霊歌とゴスペルに関わる各頁の内容は、ジェームス・H・コーンをはじめとする黒人神学者達の論攷からの引用を多く含むものとなっている。それ故に、内容が偏ったものとなる恐れがあるので、「黒人神学」あるいは「解放の神学」の方法論と思想の流れにおいて見られる諸問題点を指摘するロン・ローデス(神学博士)の論攷「黒人神学とブラックパワーと黒人経験」の中の一節「『黒人であるということ』と聖書」を、抜粋・翻訳・掲載についての許可を頂き、以下に記す。

Thanks I am most grateful to Dr. Ron Rhodes for the permission to extract the section "'Blackness' and Scripture" from his article "Black Theology, Black Power, and the Black Experience" and translate it into Japanese and place the Japanese translation of his article on www.hdever.com.

ロン・ローデスの論攷 "Black Theology, Black Power, and the Black Experience," Christian Research Journal (Spring, 1991), page 27 の中の一節 "Blackness" and Scripture から

原文には含まれていない、私が付け加えた補足説明等は、ブラケット [ ] で囲み記述する。

「黒人であるということ」と聖書

私は、私の黒人解放神学に対する批判において、「黒人であるということ」という眼鏡を通して聖書を解釈する特別な先了解に焦点を絞るつもりである。すなわち、私は次のように問いかけるであろう。「黒人経験」を聖書を解釈する際の根本的基準とするのは当然のことなのであろうか?

勿論、私には「黒人経験」の重要性を軽視するつもりは毛頭ないし、また、白人支配の社会におけるアフリカ系アメリカ人の窮状に冷淡な人間のように見られたくない。黒人解放神学者達が、アメリカの歴史を通じての彼らの同胞に対する扱いについて、苛立つのは、疑問を挟む余地なく、当然のことである。しかしながら、「黒人経験」を(あるいは、フェミニスト、ゲイ、反超自然主義、ニューエイジ、神秘主義等を含めた、他の如何なる「経験」であれ)聖書に押し付けるということは、聖書からその本来の権威を奪い、その意図した意味をゆがめることである。

「黒人経験」を全決定的なものとする神学者達は、ある意味では、奴隷制時代に白人主義者達が犯した過ちと、単に逆転しているだけで、同じ過ちを犯している。白人の或者達が、奴隷制度を正当化するために、奴隷所有者としての自分達の「経験」を聖書に押し付けたのと同様に、黒人の或者達は、彼らの解放についての過激な思想を正当化するために、「黒人経験」を聖書に押し付けている。両者は共に誤った。というのは、黒人達がそうした経験指向の方法論を用いることは、彼らを奴隷にした者達によって使われた、まさにその類いの方法を容認することであるからである。私の考えでは、これは、よくても自滅的といったところである。

黒人神学者アンソニー・エバンスは、「黒人経験」は「本物であるが天啓ではなく、重要であるが霊感によって導かれたものではないもの」(52) として捉えられるべきであると論じ、コーンの方法論に直接異論を唱えた。黒人作家トム・スキナーは、賛同して次のように主張した。「他の諸神学と同じく、黒人神学は一つの準拠の枠組みを持たねばならない。自分達の理論構成の枠組みを全くの黒人経験としようとする黒人神学者達がいるが、これは黒人経験が完全に道徳的であり且つ絶対的に公正なものであると決めてかかったものだ。しかもそうではないのに。黒人経験を判断し得る一つの道徳的な準拠枠が必要だ」。(53) その準拠の枠組みとは、聖書に違いないのである。

聖書基盤の解放の神学を生み出すには、「黒人経験」ではなく、「聖書」が信仰と営みの問題における最高権威であらねばならない。この取り組み方に従うことで、私にはこれが「聖書による」黒人神学の核心にあるべき何かだと思われるのであるが、人種差別に対する揺るぎない聖書基盤の主張の組み立てが可能となるのである。

「人類が一つであること」は、聖書において一貫して強調されるところである。例えば、創造の意味において(創世記第1章28節)[神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ、また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」]、原罪の問題において(ローマ人への手紙第3章23節)[すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており]、全人類への神の愛において(ヨハネによる福音書第3章16節)[神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛してくださった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである]、そして、救済の範囲において(マタイによる福音書第28章19節)[それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との御名によって、彼らにバプテスマを施し] である。使徒パウロは、アテネの人々へ向けた彼の説教において、人類の単一性を次のように強調した。「また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住わせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである」(使徒行伝第17章26節)。さらに、ヨハネの黙示録第5章9節が我々に告げるのは、神にあがなわれる人々の出身が「あらゆる部族、国語、民族、国民」となることである。「人類が一つ」であるが故に、人種 ―白い、黒い、またはその他の皮膚の色― の間の差別が存在する余地はないのである。なぜならば、神の目には人間はすべて平等 [等しく愛おしい者] であるからである。

(52) Anthony T. Evans, Biblical Theology and the Black Experience (Dallas: Black Evangeliistic Enterprise, 1977), p. 8.
(53) Tom Skinner, If Christ is the Answer, What are the Question? (Grand Rapids: Zondervan Publishing House, 1971), p. 152.

「黒人神学とブラックパワーと黒人経験」の全文を読みたい、他の論攷も読みたいという方、また、詳しい情報が必要な方は、どうかロン・ローデス博士のウェブサイトをお訪ねください。
Reasoning from the Scriptures Ministries URL: http://www.ronrhodes.org/

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