Centering upon Fushidansekkyo
補足説明

霊歌と「出エジプト記」および「暗号歌」としての霊歌

奴隷としてアメリカに入国したアフリカの黒人達は、その新大陸で、祖国の伝統と文化の一切を捨てるよう強制された。彼らには合法的な婚姻も認められず、父子関係も許されず、家族的愛情から引き離されて、ただ奴隷労働が強いられたのである。彼らに唯一与えられたものは、「聖書」であった。「古い宗教を捨て、彼らは聖書について教えられ、キリストの教えを知り天国にあこがれた。そしてそれを新しい歌にした。黒人霊歌である」。[W・T・ウォーカー氏によれば、霊歌が初めて登場したと予想されるのは、1760年である。]

一般に、黒人の霊歌(Spiritual, Spirituals)とは、「奴隷制時代の黒人達の宗教的体験をうたいあげた歌」、あるいは、「信仰のことば」と定義され、霊歌の「スピリチュアル」は、「世俗的なもの」、「不敬なもの」と対立する、「神を敬うもの」を表わすとされている。ベンジャミン・メイズ(Benjamin E. Mays)氏は、その神学的分析において、霊歌の意味の「他界的」側面と「報償的」側面を強調するが、ハワード・サーマン(Howard Thurman)氏は、奴隷達の存在論的衝動に強調を置き、霊歌の最大の宗教的意味は、奴隷制によって絶えず否定されていた彼らの「存在」の肯定に対する(向かう)、奴隷達の探究と主張にある ["the overriding religious meaning of the Spirituals was the slaves' quest for and insistence on the affirmation of their being that was perpetually being denied by the slave system itself."] のだとする。また、J・H・コーン(James H. Cone)氏においては、「私の意見は、奴隷歌の根底には今まで分析されたことのない、複雑な〈思想〉の世界があるということである。この思想とそれが暗示する根本的世界観を発掘するためには、一層の神学的分析が必要である」["My contention is that there is a complex world of thought underlying the slave songs that has so far escaped analysis. Further theological analysis is needed to uncover this thought and the fundamental world view that it implies."] と、述べられている。

奴隷達の最大の関心事は、解放と自由(肉体的かつ精神的に)であった。黒人霊歌に一貫して共通するテーマは、「あの世はこんな風ではない」(De udder worl' is not like dis [The other world is not like this])ということであるが、苦難の共同体の中で、奴隷達は、あの世において、そして望むらくはこの世において解放されることを、つまり、神の超自然的手段によって信仰者が不可能な状況から救い出されるという、聖書的基盤の上の超時間的メッセージを媒介として、その人生を耐え得るものとしたのである。彼らは、霊歌を通して、その信仰を伝達し、救出への希望を語り、異郷の地で喜びをもってイエスの歌を唱ったのである。

それは、黒人達が自分達に起こる解放の現実を、聖書の「出エジプト記」における奴隷状態からのイスラエル民族の解放の物語りになぞらえた、「主はわが叫びを聞きたまえり」という揺るぎない信念である。霊歌の神は、彼らを「エジプト」の奴隷状態から救い出してくれるのである。

主はまた言われた、「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている......(「出エジプト記」第三章)。

1863年の「奴隷解放宣言」の後、元奴隷達は、神が自分達を「エジプトの国」から救いたもうたという、単純ではあるが実に深い信仰をもって、自分達の社会機構や制度の、これは黒人教会に集中するものであるが、構築に乗り出していく。「かくして、竹薮や叢林の中の礼拝で満足しなければならなかった巨大な宗教的エネルギーは、『見えざる教会』を『見える教会』に変容する方向へと解放されたのである。黒人の宗教経験は今や建造物を建て、また獲得することへと転換したのである」。

「見えざる教会」とは、物理的な礼拝場所が確立する以前において、南部プランテーションで、イエス信仰の下に、非合法的に奴隷達の間で守られた礼拝のことであるが、自己の文化と言語を奪い取られた奴隷達に結合力と共同性を与え、彼らの宗教的生活と活動が最も集中していたのが、この「見えざる教会」(invisible church)である(研究者によっては、「不可視的な制度」[invisible institution] と呼ぶ場合もある)。このような彼らの集会は、しばしば奴隷主から喜ばれなかった為に、固定した集会場所を持つことがなかった。それゆえに、「見えざる教会」という用語が用いられている。諸研究者においては、この「見えざる教会」は、奴隷制に反対する彼らの主たる抵抗運動であったとし、また、黒人霊歌においても、それを「二重意味歌」[double meaning song] として、つまり、霊歌の奴隷制からの脱出と係わる「暗号歌」[code song] としての可能性、蓋然性ないしは予測性を認めようとする傾向がある。

(修士論文 交感の宗教性 - 節談説教について 本文第二章第二節 黒人の霊歌とゴスペル・サウンドの流れおよび第二章第二節の註記の記述から。修論本文ないし修論の註記において、出典については全て明記してあるので、其れを参照されたし。)

この霊歌の奴隷制からの脱出と係わる「二重意味歌」ないしは「暗号歌」としての側面については、バーバラ・ワード=ファーマー牧師も、音声資料の G1-1 セミナー「ゴスペル音楽の歴史」-「黒人経験」G1-1 AIFF 音声資料ファイル [Kind: AIFF Audio, Format: QDesign Music 2, Stereo, 44100 Hz, Data Size: 394.1 KB, Data Rate: 2.9 K bytes/sec, Duration: 00:02:14.28] または G1-1 MP3 音声資料ファイル [Kind: MP3 Audio, Format: MPEG Layer-3 Audio, Stereo, 44100 Hz, Data Size: 2.1 MB, Data Rate: 15.6 K bytes/sec, Duration: 00:02:20.02])において、黒人霊歌の "Go Down, Moses" を一例として挙げながら、言及している。「...... 犬がいるよ、犬が吠えると見つかるぞ、だから、水の中 [川] を行けと、モーゼよ、(歌) Go down to the water ......」。

"Go Down, Moses"

Go down, Moses,
'Way down in Egypt land,
Tell ole Pharaoh,
To let my people go,
When Israel was in Egypt's land:
Let my people go,
Oppressed so hard they could not stand,
Let my people go,
"Thus spoke the Lord," bold Moses said:
Let my people go,
If not I'll smite your first born dead,
Let my people go,
Go down Moses,
'Way down in Egypt land,
Tell ole Pharaoh,
To let my people go.

行け、モーセよ、
遠く離れたエジプトの国へ、
そしてファラオに告げよ、
わが民を去らせよと。
イスラエルがエジプトにいた時、
わが民を去らせよ、
抑圧が激しく、耐えることができなかった、
わが民を去らせよ。
「主はかく語った」と大胆なモーセは言った、
わが民を去らせよ、
もしそうせねば、あなたの初子を打つと、
わが民を去らせよ。
行け、モーセよ、
遠く離れたエジプトの国へ、
そしてファラオに告げよ、
わが民を去らせよと。

(上記の "Go Down, Moses" の英語および日本語の歌詞は、ワイヤット・T・ウォーカー [Wyatt Tee Walker] 著/梶原寿訳『だれかが私の名を呼んでいる 黒人宗教音楽の社会史』(新教出版社、1991年)、76〜77頁から。
註記:音声資料の G1-1 セミナー「ゴスペル音楽の歴史」-「黒人経験」ページ上に、ハワード・サーマン [Howard Thurman] 氏の論攷「黒人霊歌の意味」から引用して記した "Go Down, Moses" の歌詞には、上記の歌詞とはかなり異なるフレーズ部分があるので、音声資料 G1-1 ページ上で相違を確認されたし。)
さて、上記の "Go Down, Moses" は、「暗号歌」の例としてだけではなく、「抗議的な」或いは「反逆的な」性格のものの例としてもよく挙げられる霊歌であるが、ジェームス・H・コーン氏によれば、もっと「戦闘的」な黒人霊歌が、「私は奴隷になる前に墓に葬られよう」と歌う、"Oh, Freedom!" である。ガードナー・C・テイラー氏が述べるように、「そこには奴隷主たちが聖書の教えとして提示したことが一つあり、同時に奴隷たちが聖書の教えについて聞いた全く違うことがもう一つあるのである。奴隷主たちは奴隷制を『神の定めたもの』として語った。だが奴隷たちは、『私は奴隷になる前に墓に葬られよう』と聞いたのである」。

"Oh, Freedom!"

O freedom! O freedom!
O freedom over me!
An' befo' I'd be a slave,
I'll be buried in my grave,
An' go home to my Lord an' be free.

おお、自由よ!おお、自由よ!
おお、われに自由を!
奴隷にするなら、その前に、
私を私の墓に埋めてくれ、
わが主の家に帰し、自由にしてくれ。

(上記の "Oh, Freedom!" の英語の歌詞は、ジェームス・H・コーン [James H. Cone]The Spirituals and the Blues, Twelfth Printing (Maryknoll, New York: Orbis Books, 2005), p. 41. から)
しかしながら、私は、「黒人の闘いの歴史」に対して言及する力も余裕も私にはないという理由から、www.hdever.com 上では、黒人霊歌を「信仰のことば」としてのみ捉えることとする。

追記1:もしも黒人霊歌だけではなく、その後に生まれたゴスペルブルース、ゴスペルソングと呼ばれるものをも含めた黒人の「音楽」に興味を覚えていらっしゃるならば、『だれかが私の名を呼んでいる』に加わえて、
1. Cone, James H., The Spirituals and the Blues, Twelfth Printing (Maryknoll, New York: Orbis Books, 2005).
2. Harris, Michael W., The Rise of Gospel Blues: The Music of Thomas Andrew Dorsey in the Urban Church (Oxford University Press, 1992).
3. Heilbut, Anthony, The Gospel Sound: Good News and Bad Times (New York: Limelight Edition, 1992).
4. Lincoln, C. Eric and Mamiya, Lawrence H., The Black Church in the African American Experience (Duke University Press, 1990).
5. Patterson, Lindsay comp. and ed., International Library of Negro Life and History: The Negro In Music And Art (The Association for the Study of Negro Life and History, 1967).

を読まれるとよいのではないかと思う。
さらに言えば、上記の The Gospel Sound: Good News and Bad Times の日本語訳『ゴスペル・サウンド』(ブルース・インターアクションズ、1993年) の翻訳者のお一人である中河伸俊教授(社会学)の「中河伸俊のホームページ」上には、「プライベートルーム1・音楽関係」 URL: http://homepage2.nifty.com/tipitina/music.html があり、中河教授がお書きになった論攷、例えば、「黒いキリスト教のルーツとアメリカン・ロックの原点 ―あるいは、白人たちは音楽でハイになることをどこから学んだか」や「テリン・イット・ライク・イット・イズ ―黒人大衆音楽の歌の世界についての一試論」など、を拝読することができる。(2006年6月11日 ディーバー)

追記2:「Reasoning from the Scriptures Ministries」ウェブサイト上では、ジェームス・H・コーン氏の「黒人神学」・「解放の神学」の方法論と思想の流れにおいて見られる諸問題点を指摘するロン・ローデス氏(神学博士)の論攷 "Black Theology, Black Power, and the Black Experience" URL: http://home.earthlink.net/~ronrhodes/BlackTheology.html [黒人神学、ブラックパワー、黒人経験] を拝読することができる。尚、ローデス氏ご自身が述べているように、白人が黒人の「神学」について論ずると、直ちにそれは「白人主義の影響を受けているものであるが故に不当な」批判であると解されてしまうことがよくあるが、 このローデス氏の論攷は、黒人神学、解放神学に対する「白人主義にとらわれた」批判ではない。
この頁を含め、www.hdever.com 上の霊歌とゴスペルに関わる各頁の内容は、ジェームス・H・コーン氏をはじめとする黒人神学者達の論攷からの引用を多く含むものとなっている。それ故に、内容が偏ったものとなる恐れがあるので、上記のローデス氏の論攷の中の一節「『黒人であるということ』と聖書」を抜粋して日本語に訳し、その翻訳を www.hdever.com 上の頁に載せることに対する許可を頂き、新しい頁 Dr. Ron RhodesBlackness and Scripture 日本語訳 を作成した。(2006年7月30日 ディーバー)

追記3DVDでは、米国における公民権運動の展開と人種の境界線を巡る、
1. AMERICA BEYOND COLOR LINE with Henry Louis Gates, Jr. [『アメリカ 人種の境界線を超えて ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアと共に』] (PBS Home Video, 2003). DVD1巻(第一部・第二部・第三部・第四部)で約3時間40分。
Part I: The Black Belt (何故黒人達は元奴隷制の地、人種差別の地「南部」へ戻ろうとするのか?カラーブラインド、すなわち皮膚の色の違いを認めない人種色盲とされる米国軍隊は?黒人居住者のみの高級住宅地域、黒人中産階級のメッカとなったアトランタ ―人種の境界線の無い黒人と白人の融合を求めたキング牧師はどう思うだろうか?等), Part II: Streets of Heaven (貧困と犯罪の温床、社会福祉プロジェクトの団地に生まれ育ったら?等), Part III: Ebony Towers (政界、大企業界、金融業界など様々な分野の黒人成功者達は「肌の色」を超えたのか?等), Part IV: Black Hollywood (映画界における人種差別は?等).
ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア [Henry Louis Gates, Jr.] 教授は、ハーバード大学の the W. E. B. Du Bois Professor of the Humanities [W. E. B. デュボイス人文学教授] であり the Director of the W. E. B. Du Bois Institute for African and African American Research [W. E. B. デュボイス・アフロ・アメリカ研究所所長] である。また、ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア教授は、Editor-in-Chief of the Oxford African American Studies Center でもある。著書は、『Figures in Black: Words, Signs and the “Racial” Self』(Oxford University Press, 1987)、『The Signifying Monkey: A Theory of Afro-American Literary Criticism』(Oxford, 1988)、『The Trials of Phillis Wheatley: America's First Black Poet and Her Encounters with the Founding Fathers』(Basic Civitas Books, 2003)、『Loose Canons: Notes on the Culture Wars』(Oxford, 1992) 等。
2. Voices of Civil Rights [『公民権の声』] (The History Channel, 2006). DVD2巻(第一巻第一部・第二部・第三部 および 第二巻第一部・第二部)で合計約4時間3分。
Volume I: Voices of Civil Rights (奴隷制、南部の人種隔離政策、そして、公民権運動へと続く時代の口述歴史。黒人達の体験談だけではなく、奴隷所有者の家に育った白人、元クー・クラックス・クランの白人、そして、公民権運動に参加した白人の体験談をも含む), Mississippi State Secrets (公民権運動と繋がる者達に対する当時のミシシッピ州政府による監視と圧力の存在), Crossing The Bridge (橋を渡らせまいとする州警察による武力行使が起こったアラバマ州セルマの Edmund Pettis Bridge).
Volume II: Biography: Martin Luther King, Jr.: The Man And The Dream (マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師のバイオグラフィー) , Biography: Thurgood Marshall: Justice For All (サーグッド・マーシャル裁判官のバイオグラフィー) .
をご覧になるとよいのではないかと思う。(2007年3月1日 ディーバー)
上記の DVD 情報は、私が購入したリージョンコード(再生可能地域を限定するコード)が「1」の直輸入版についてであり、DVD-Video ディスクを入手される際には、お手許の DVD プレーヤーやパーソナルコンピューターの DVD ドライブが対応しているリージョンコードと DVD-Video ディスクのリージョンコードを、両者のコードが一致しないと再生できないので、必ず確認されたし。

追記4:米国著名大学のレクチャーやフォーラムを収録した学術的デジタルコンテンツを誰もが無料でダウンロードできるアップルの「iTunes U (アイチューンズ・ユー)」プログラムの開設により、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、デューク大学を始めとする諸大学から提供される学部の講義、研究発表、フォーラム等のデジタルコンテンツ(音声あるいは動画コンテンツ)が、世界に向け配信され始めた。
2007年6月24日の時点では、
1. スタンフォード大学からの配信には、アンジェラ・デイヴィス博士 (Dr. Angela Davis) がパネラーの一人であるフォーラム「National Pride, National Shame」(スタンフォード大学に於いて2003年1月30日収録、約59分47秒) がある。このデジタルコンテンツの掲載場所は、iTunes U: Stanford: Arts and Humanities: Culture - Audio である。また、スタンフォード大学のトマス・シーハン博士 (Dr. Thomas Sheehan, Professor of Religious Studies. 宗教学・哲学・宗教の哲学)、南カリフォルニア大学のリチャード・ウィットマン・フォックス博士 (Dr. Richard Wightman Fox, Professor of History. 史学)、ボストン大学のステファン・プロセロ博士 (Dr. Stephen Prothero, Professor of Religion. 宗教学・宗教史学) によるフォーラム「America's Jesus」(スタンフォード大学の Aurora Forum において2005年3月3日収録、約93分48秒) がある。このデジタルコンテンツの掲載場所は、iTunes U: Stanford: Arts and Humanities: Spirituality and Religion - Audio である。尚、「America's Jesus」のトランスクリプト (筆記記録) は PDF フォーマットで配布されており、其の URLhttp://auroraforum.org/pdf/Transcript_030305.pdf であるが、皆様のコンピューターの設定如何によって、クリックするだけでファイルのダウンロード、あるいは Adobe Reader 等のアプリケーションの起動に直結してしまうので、リンクはできない。Stanford University Aurora Forum America's Jesus 等の英語を入力して検索し、ご自身の判断で其のウェブページをクリックするかしないかをお決めになり、ご自分の意志でダウンロードを、あるいはアプリケーションの起動をされたし。
2. デューク大学からの配信には、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の誕生日を祝う行事「Martin Luther King, Jr. Celebration」があり、アンジェラ・デイヴィス博士の講演「Martin Luther King Remembered」(デューク大学の2005年の「Martin Luther King, Jr. Celebration」において収録、約56分54秒) が含まれている。このデジタルコンテンツの掲載場所は、iTunes U: Duke: Campus: Martin Luther King Jr. Celebration - Sunday Address. である。(2007年6月24日 ディーバー)

追記5www.hdever.com の「Good Websites to Visit」ページ上で既に挙げており、そこで述べていることの繰り返しとなるが、バージニア大学のアメリカ学のウェブサイト (American Studies at the University of Virginia) 上には、元奴隷達の体験談の例 (彼等の肉声による音声資料ファイルを一部含む) を掲載するウェブページ URL: http://xroads.virginia.edu/~hyper/wpa/wpahome.htmlトーマス・ウェントワース・ヒギンソン著「黒人霊歌」 (Thomas Wentworth HigginsonNegro Spirituals」、『Atlantic Monthly』、1867年6月) の全文を掲載するウェブページ URL: http://xroads.virginia.edu/~HYPER/TWH/Higg.html がある。(2008年1月10日 ディーバー)

www.hdever.com 上の資料の多くは、節談説教の「節」とゴスペル伝道の「調」という説教における音と音楽性を強調するものです。しかしながら、私は、単に、節のついた説教がよい、曲のついた説教がよいと言いたいのではありません。頭で聞くのではなく心で聞くことができる説教、つまり、教えとことばを「感じる」ということ、教えとことばの「体験」が重要なのではないかということを、問いたいのです。

節談説教をめぐって 記述資料だけではなく、音声として記録した資料もございます。

Go To 節談説教音声映像資料 日本語のメインページ

Audio Material G4-1, G4-2, G4-3, G1-1, G1-2, G1-3, M2 and M3 :
バーバラ・ワード=ファーマー牧師

G4-1: 聖書に初めて音楽のことが言及されたのは -「創世記」第31章第26節から27節 (.aif, .mp3)
G4-2: 宗教的文脈において言及されたのは -「出エジプト記」第15章第1節から2節 (.aif, .mp3)
G4-3: 歌うということは、神とコミュニケートする行為であった - ダビデによる「詩篇」 (.aif, .mp3)
G1-1: 「黒人経験」 (.aif, .mp3)
G1-2: これ〔音楽〕は神のものである (.aif, .mp3)
G1-3: ゴスペル音楽の父 (.aif, .mp3)
M2: ゴスペル伝道 - 日本人バプティスト派牧師と共に (.aif, .mp3)
M3: "If God Be For Us!" ゴスペル伝道「もし神が共にいてくだされば」 (.aif, .mp3)

www.hdever.com's Home Go To Site Map in English Go To Site Map in Japanese TOPこのページの最上部へ上がる

Other Pages on www.hdever.com: お知らせ | News in English | Rennyo Viewed in Fushidansekkyo, The Art of Kokan in English | 拙稿 節談説教に見る蓮如, 交感の芸能性 | A very small Library | Fushidansekkyo Written Material 節談説教記述資料 | Fushidansekkyo Audio Video Material in English | 節談説教音声映像資料 | 修士論文 交感の宗教性 - 節談説教について | The Religion of Kokan: On Fushidansekkyo in English | 修論の註と参考文献リスト | Notes and Bibliography in English | A Break Room with Jazz Music | A Break Room with Photos and Haiku | Good Websites to Visit | Good Weblogs to Read | Glossary of Frequent Japanese Words and Names in English


Valid HTML 4.01! Valid CSS!

www.hdever.com

Copyright © 2005 Hitomi Dever, All Rights Reserved.